週の真ん中に、こんにちは。
そういえば俺の入院中にセンセーショナルなニュースが列島を駆け巡り、年を越した今もくすぶり続けているんですよね。中居正広のスキャンダル。真相はいかに・・・・ 局長です。
─── さて、お正月に“千葉の親父宅”を訪問していた2日間のお話の最終章を。
2日目、1月3日(木)。
テレビのニュースが青山学院大学の「箱根駅伝」総合優勝2連覇に沸いていた頃、俺と嫁女房は小倅と小童を順番にお風呂に入れたり、夕食を準備したり、帰り支度を進めたりと、とにかく慌ただしく動き回っていた。
ガッチガチに組んだスケジュールに翻弄されていたのだ。
【前話のおさらい】
それは、帰路の“小童対策”。
「まったく寝ないショートスリーパー乳児」の異名を欲しいがままにしている小童が、入眠しやすいタイミングで車に乗せて、その揺れも利用して一気に深い眠りに落とし込んでやろうという作戦を立てていた。
普段は20時頃に床に就くのだが、それでも嫁女房が寝かし付けに苦戦するくらいので、1時間も遅い21時に車に乗せれば、もはや眠気もMaxで容易に入眠するはず ── と。
ちなみに、この日の夕食はカニだった。
こちらも親父が手配していたようで、ハサミのみ大量に、写真の量が2皿も。
正月とはいえ、なんて贅沢な食卓なんだ。
せっかくなので小倅にも食べさせることに。
これまで、生ものということやアレルギーなども懸念して、お刺身さえも食べさせてこなかったのだが、あまりにも俺が「美味い」と連呼しながら食べるもんで「食べたい!」と駄々をこね始めてしまった。
結果は、予想どおり ───
美味しい!
とのことで、4本くらい食べてしまったが、幸いにもお腹を下すこともなく、単に「カニは美味しい」という贅沢を学習しただけだった。
そんな感じで、時間に追われながらも帰宅の準備は着々と進み ───
いつの間にか親父の「振動マシン」を自由に使いこなせるようになっていた小倅にも、じぃじとお別れをさせて、全員で仏壇に手を合わせた上で車に乗り込み、予定どおり21時ちょっと過ぎに親父宅を発ったのだった。
だが、想定外のトラブルも。
着々と準備を進め、満を持してのスタートだったのに、小童がまったく寝なかった。
それどころか、狂ったように泣きわめき、作戦に掲げた眠気Maxではない“グズりMax”に。
結局、帰りも3列目のシートで小童の対応を強いられた嫁女房だった・・・・
残念ながら何一つ進展はなく、今も深い悲しみのどん底にいるようだ。
そろそろ1年が経とうとしているが、ポメラニアン志熊の骨壺は今なお覆い袋に入れられた状態で、オカンの仏壇の隅に無造作に置かれたままだった。
自作の装飾もなければ、遺影すらない。
一方で、逆に悲しさを感じるような変化もあった。
親父が出掛ける際の志熊の留守番スペースとして、「志熊」と刺繍が入ったベッドがここに置かれていたのだが、それが撤去されていた。
志熊が寂しがらないようにとラジオまでかけてあげていた場所は、きれいに片付けられてしまっていた。
同じく、前回お盆休みに来たときは当時のままの置き場に残っていた、親父の誕生日に俺と嫁女房がプレゼントに贈った『DeLoreans』の散歩バッグは、ビニール袋に入れられて、志熊の散歩用リードと一緒に使っていない一室の片隅に置かれていた。
【前回まではそのままになっていた】
志熊が寝床にしていたクレートの中に敷いてあったブランケットなどもなくなっていた。
俺が渡した遺影も、前回ようやく親父の定位置であるダイニングに飾られていたが、今回は普段はほぼ使っていないリビングに移されていた。
どうやら志熊を思い出す“トリガー”になってしまうアイテムは、自分の目に入らない場所に追いやっているようだ。
それであれば、親父にも俺のように「記憶の蓋」が作動して、むしろ思い出したくても思い出せないようになればいいのにな・・・・
「じぃじんち」を十分に楽しんだ小倅と小童に労いのクリックを
コメント
蟹🦀❗️
しかも爪だけがお皿に乗ってる光景初めて見ました。
小倅ちゃん、面白いじゃなくて食べたいだったんですね。局長さんが無言で黙々と食べていたから欲しくなったのかな?
初めての蟹🦀 美味しかったようで何より。
小童くん、大変でしたね😅
車に乗ったら寝てくれると思いますが眠過ぎた?
行きも帰りも嫁女房さんお疲れ様でした😅
じぃじ、まだ時間がかかりそうですね。
たった2人でずっと暮らしてきたのだから無理もないのかな。
でも家に篭りきりではなく、寄り合いに出たり庭仕事はしてるようで少し安心しました。
なんて贅沢な食卓なんだ!羨まし過ぎる。
カニの味を知ってしまった小倅君
振動マシンも使いこなせるようになったし
じぃじんちは魅力がいっぱいですねぇ。
帰りの綿密な計画を立てたのに思い通りに事は運ばないんですね。
小童君にしては珍しくちゃんと昼寝しちゃったからなのかなぁ。
来年はきっともうちょっとうまくいきますよ。
志熊君とずっとふたりで暮らしてきた家の中も散歩の道も
何を見ても志熊君を思い出さないものはないですから
ペットロスから抜け出すのは時間がかかるでしょう。
心配でしょうけど、お父さん自身でいろいろ工夫されているので
このまま見守るしかないですよね。
お父様の悲しみを思うと心が痛いです。
子倅ちゃんは子倅ちゃんで、志熊君は志熊君ですものね。
お身体だけはご自愛していただきたいです。