新しい週に、こんにちは。
先週末の土曜日は体育館で運動をしていたのですが、温湿度計の湿度の針が100%を振り切れており、床も結露して滑って危険なほど湿気むんむんでした。局長です。
─── さて、2週間も空いてしまったが、従来の時系列に沿った例のレポートの続編を再開。

そう、ポメラニアン志熊の最初で最後の新居来訪となった2023年10月30日(月)からのお話。
だがしかし、これが最終話。
同時に、志熊についての話や写真はこれで打ち止めとなる。
なぜなら、俺が志熊と過ごしたのは、図らずもこの日が最後になってしまったから。

だから、どうにも筆が進まず(正しくはキーボード操作が進まず)毎回次の話までの“インターバル”が空いてしまうのだ。
志熊との思い出を終わらせたくなくて、最終話に着手できずにズルズルと・・・・
それでも、いい加減にこのレポートを締めなければ。

我が家のかかりつけの動物病院で「バースデー健康診断」という年に一度の“人間ドック”ばりの精密検査を受けるために、親父と共に外房の片田舎から遠路はるばるやって来た志熊は、今回は3泊4日という長期滞在だったので、親父と共に毎日のんびりと過ごしていた。

- 1日目
- 2日目
- 3日目
- 4日目
そして最終日となった11月2日(木) ───

保育園に登園する小倅を見送った親父と志熊は、帰り支度を進めながら、志熊の検査入院中に一緒に行ったコストコで買ってきたお肉を焼いての“屋上ランチ”と洒落込んでいた。
【前話のおさらい】

食に一切の執着がなく、毎日親父がドッグフードを一粒ずつ食べさせてあげていた志熊も、晩年は人並み(犬並み)に食べ物に興味を示すようになっていた。
親父が食べる牛肉の匂いにそそられ、しっかり“おねだり”もしている。

親父も当たり前のように食べさせてあげる。
このあたりは完全に阿吽の呼吸。
二人の強固過ぎる絆の間には何人たりとも立ち入れない雰囲気すら醸し出していた。

ランチが終わり一服したところで、親父と志熊は「道が混まないうちに」と帰路に就いた。
いつもなら志熊が車に乗り込むところや、別れ際のやり取りなんかをドキュメンタリー風に撮影しているものだが、この日は1枚たりとも撮っていなかった。

それくらいうっかりするほど、これが最後の別れになるなんて微塵も想定していなかったのだ。
まだ11歳で、大きな病気もなく元気に過ごしている志熊が、この2ヶ月後に急逝するなど、誰が考えられただろう。

同じ時期に嫁女房の出産が控えていたので、お正月に遊びに行くことはできないが、半年後のゴールデンウィーク(GW)には新しい家族も連れて“千葉の親父宅”へ出向き、志熊にも赤ちゃんと対面してもらえることを1ミリも疑っていなかった。
結果、この屋上での小一時間が、俺と嫁女房にとっては志熊との最後の思い出に。

もっともっと親父と一緒にいてほしかった。
今年のGWも、小倅だけではなく小童の遊び相手をしてほしかった。
1年と5ヶ月が経過した今もなお、俺の無念は晴れることはなく、志熊のことを思い出すたびに悲しい気持ちだけが心を支配していく。

そういえば、その年のハロウィンで載せたこの写真を撮ったのも、この滞在中だった。
父親の真熊同様、被り物に一切の抵抗を見せずに、終始笑顔で被写体を務め上げてくれた。
ありがとう、そしてさようなら、志熊。
俺でもこんなに悲しいのだから、当然だが親父は未だ深い悲しみのどん底にいる。残酷な現実
コメント