日曜日の夕方に、こんにちは。
週末も暑さのあまり小倅をどこかへ遊びに連れていくこともできていない局長です。屋内施設など手頃なスポットを開拓しなければ。
─── 2ヶ月間も必死に戦った天然猫の寿喜の最期を「記録」に残す取り組みも、ついに最終章。
2024年 7月29日(月)の早朝に息を引き取った寿喜。
翌30日(火)の夕方から、予約していたペット葬儀場でお空へ上げるため、炉の中に消えていく寿喜の肉体と最後のお別れをした。
【前話のおさらい】
石像猫にいぼん、ポメラニアン真熊のとき同様、火葬の完了まで小一時間ほど待たされる。
今までならこの間に、ツンデレ三毛猫の稚葉の産めなかった子供たちが祀られている供養塔で手を合わせるのだが、この日は雨が降っていたことと、何か大きな脱力感も手伝って、どうしても足が向かなかった。
【これまでは必ず手を合わせていたのだが・・・・】
そして、何をするわけでもなく待合室で1時間待ち続け ───
骨だけになってしまった変わり果てた寿喜と再会し、嫁女房と二人で“骨上げ”。
永遠の命なんて存在しないのだから、いずれはこの日が来ることはずっと理解してきたはずなのに、やはり何度経験しても簡単には消化できないものである。
さらに俺たちの気持ちを複雑にすることも。
焼かれてスカスカになってしまっている骨なのに、皮肉なことに寿喜のウィスカーパッド(上唇にあたる“ω”みたいな部分)を傷つけ続けた右下の犬歯はしっかり焼け残っていた。
左側の上下の犬歯も。
右上の犬歯が抜けたことで「死への扉」が開いてしまったというのに、なんだかモヤモヤと釈然としない思いだけが犬歯と共に焼け残ったような感じだ。
ちなみに、寿喜の“遺影”にはこの写真を選んだ。
俺と嫁女房にとっては、元気な頃の寿喜をもっとも象徴した表情だったのだ。
旧宅で勝手に“定位置”にしていた俺のPCチェアの上で、大きな声で何か“文句”を言っているお馴染みの姿だ。
【この場所にいることが多かった寿喜】
この、今にも声が聞こえてきそうな遺影と共に ───
小さな箱に納まってしまった寿喜は、18時過ぎに再び帰宅した。
真熊のときと違い、記憶が飛ぶこともなく、しっかりとした意識の中で寿喜の骨壺を抱いてきた。
寿喜の定位置であったリビングの隅っこにある「ひんやりクールハウス」の前 ───
家を出る直前まで祭壇にしていた場所に、寿喜の体を寝かせていたIKEAのベッドをそのまま使い、骨壺と遺影を置いた。
ひょっとしたら、寿喜にとってこの場所にはあまりいい思い出がないかもしれないが、まったく別の場所もまた落ち着かないかなと考えた。
2週間後には、寿喜が実に3年間も通い続けた動物病院から、真熊のとき同様に胡蝶蘭が贈られてきて、祭壇が少しにぎやかになった。
【真熊のときも胡蝶蘭が届いた】
そして、寿喜の死後4週間が経とうとしている今日現在も ───
嫁女房が定期的に御花を入れ替えるだけでなく、ちょいちょい足を運んでくれる義母も買ってきてくれたりで、寿喜の周りは華やかだ。
改めて、1週間ほどの余命だったはずなのに、俺たちが終活できるよう2ヶ月も頑張ってくれたこと ── 何より、16年間も俺に幸せな時間を与え続けてくれたことに、ありがとう。
15年半もの間たくさんの笑いと癒しをくれた寿喜に哀悼のクリックを
コメント
コト、ありがとう。楽しいにゃんこだったぞ!!
ことちゃんは表情が豊かだから写真選びに苦労しそうですが、、、
いい写真ですね!
ほんと文句言ってるのが聞こえてきます。
ポチぼたん2枚目の写真の顔も好きです。
琴ちゃんが文句 いいえ喋っている声が聞こえてきそうな琴ちゃんらしい写真が可愛いくてたまりません(╹◡╹)
聞こえますね、コトちゃんの文句が。
私が思い出すコトちゃんは、真ん丸なお顔に真ん丸お目目
絵に描いたような口元で、大好きなパパを見つめる顔です。
大好きな嫁子にうっとり甘える顔も良かったです。
きれいなお花で飾られた祭壇、ありがとにゃって言ってますね。
可愛い顔を思い出します。
コトちゃんは世界一幸せなにゃんこでした。
今にも文句言いそうなことちゃんの写真。肉体はなくなっても割と近くで一杯文句言ってそうな気がします。
病院からの胡蝶蘭とは😯そこまでしてくれる病院初めて知りました。良いところだなと思わせてくれますね。
ことちゃんの文句が聞こえてくる良い写真。。可愛い子でしたね。